M&A事業譲渡で、学習塾売却の場合、通常申告のままの決算書じゃなくて、しっかりとした計算書として修正したものを買い手に見てもらうようにしましょう。

学習塾のM&A(事業譲渡・株式譲渡)を検討される経営者様へ。
これまで大切に育ててきた学習塾を、次世代の信頼できる買い手に引き継ぐ際、最も重要と言っても過言ではないのが「塾の本当の実力を正しく見せること」です。
しかし、
税理士の先生に作ってもらった通常の決算書(確定申告用の決算書)をそのまま買い手に提出してしまうと、本来よりも「儲かっていない塾」に見えてしまい、売却価格が大幅に下がってしまうリスクがあります。
そこで必要になるのが、通常の決算書をM&A用に算定し直した「修正営業利益(実質営業利益)」の計算です。
この記事では、なぜ通常の決算書ではダメなのかという理由から、修正営業利益の具体的な計算方法、そして「どの経費を足し戻す(入れない)べきか」の一覧まで、どこよりもわかりやすく、網羅的に解説します。
1. なぜ通常の決算書をそのまま見せてはいけないのか?
日本の多くの中小企業や個人事業主の決算書は、一言で言うと「節税目的(税金をできるだけ安く抑えるため)」に作られています。
利益が出そうになると、塾長個人の車を社用車として購入したり、役員報酬を高めに設定したり、翌年分の教材を前払いでまとめ買いしたりして、意図的に利益(経費を増やして所得を減らす)を圧縮することが一般的です。
しかし、
M&Aの場において、買い手が知りたいのは「この塾は、純粋に事業としていくら稼ぐ力があるのか?」という、塾そのものの本質的な収益力です。
節税された決算書をそのまま出すデメリット
- 本来の実力より利益が少なく見えるため、売却額(企業価値)が不当に低く見積もられる。
- 買い手から「あまり儲かっていない塾だな」と判断され、交渉自体を断られる。
- 私的な経費が多く混ざっていると、買い手から「不透明な経営をしている」と不信感を持たれる。
だからこそ、買い手に見せる前に、
オーナー個人の事情や節税目的の経費をすべて取り除き、塾が単体で生み出している「本当の利益」をあぶり出す必要があります。
これが「実質化(修正)」という作業です。
2. 修正営業利益(実質営業利益)とは何か?
M&Aにおいて、売却価格を決定する際のベースとなるのが「修正営業利益」です。
これは、通常の決算書に書かれている「営業利益」または「経常利益」に、M&A後に発生しなくなる経費や、オーナー個人の私的な経費を「足し戻す(利益に加算する)」ことで計算します。
基本的な計算イメージは以下の通りです。
修正営業利益 = 決算書上の利益 + M&A後に不要となる経費(足し戻し額) - M&A後に新たに発生する経費
例えば、決算書上の営業利益が「年間200万円」しかなくても、塾長が私的に使っている経費や節税対策の経費が「年間800万円」あれば、修正営業利益は「1,000万円」になります。
M&Aの売却価格は、この修正営業利益の「3年〜5年分」といった形で算出されることが多いため、この修正を行うだけで、売却価格が数千万円単位で変わってくるのです。
3. 【一目でわかる】経費に入れる?入れない?実質化一覧表
学習塾の決算書によく登場する経費項目について、M&Aの修正計算において「実質的な経費として入れる(利益から引く)」べきか、「経費に入れない(利益に足し戻す)」べきかを一覧表にまとめました。
この「経費に入れない(=足し戻す)」としたものが、あなたの塾の利益を底上げしてくれる要素になります。
下の一覧は、「修正時に足し戻す分」は赤文字にしてあります
↓ ↓ ↓
| 勘定科目・経費の内容 | 修正時の扱い(入れる / 入れない) | 足し戻す(入れない)理由と解説 |
| オーナー塾長の役員報酬 | 入れない(全額または一部足し戻し)※ただし扱い注意 | 後任の教室長を雇う場合の「適正相場」との差額を足し戻します。 |
| 社長専属の役員(配偶者等)の給与 | 入れない(全額足し戻し) | M&A後は退職するため、その分の給与は丸ごと利益に変わります。 |
| 塾長の社用車(リース代・減価償却費) | 入れない(全額足し戻し) | 塾の運営に直接関係のない高級車などの費用は排除します。 |
| 塾長個人のスマホ代・自宅インターネット代 | 入れない(全額足し戻し) | プライベートな通信費は塾の純粋な経費から除外します。 |
| 塾長が関係者と行った交際費 | 入れない(全額足し戻し) | M&A後の運営には不要な、オーナー個人の人間関係のための交際費です。 |
| 経営者保証保険・節税目的の保険料 | 入れない(全額足し戻し) | 解約前提の保険や、節税のためだけに加入している保険は足し戻します。 |
| 塾長個人の自宅を兼ねた教室の家賃(按分分) | 入れない(一部足し戻し) | 自宅スペース分の家賃は、塾の運営経費から除外します。 |
| 講師・バイトへの給与、交通費 | 入れる(経費として残す) | 塾を運営する上で絶対に my 不可欠な現場のコストです。 |
| 教室の家賃・水道光熱費(実際の校舎分) | 入れる(経費として残す) | 授業を行う場所を維持するために必要な固定費です。 |
| 生徒募集のためのチラシ、WEB広告費 | 入れる(経費として残す) | 集客のために必要な経費です。ただし過剰な先行投資は応相談。 |
| 生徒が使うテキスト・教材費・模試代 | 入れる(経費として残す) | 指導を行うために直接必要な売上原価にあたる費用です。 |
| 塾管理システム、ZOOM等のシステム利用料 | 入れる(経費として残す) | 現代の塾経営において、運営・管理に必須のITコストです。 |
| 本部へ支払うフランチャイズロイヤリティ | 入れる(経費として残す) | FC塾の場合、買い手が引き継ぐ後も発生し続けるため経費です。 |
| 過去の校舎リフォーム代(一括償却分) | 入れない(足し戻し) | 過去の一時的な大特化費用であり、毎年発生するものではありません。 |
| 売却活動に伴うM&A仲介会社への着手金など | 入れない(足し戻し) | M&Aという今回限りの特殊な費用であるため、除外します。 |
日本政策金融公庫などからの融資(借入金)は?
| 公庫等の借入金利息(支払利息) | 入れない(全額足し戻し) | 現オーナーの財務事情によるコストであり、M&A時は一括清算される前提のため除外(足し戻し)します。 |
| 公庫等の借入金元本の返済額 | 入れない(全額足し戻し) | 元本返済はそもそも決算書上の「経費」ではないため、営業利益を計算する上では除外して考えます。 |
4. 各項目の詳細解説と「足し戻し」のテクニック
一覧表で紹介した重要項目について、買い手に納得してもらうための具体的な説明方法と、計算のコツを深掘りして解説します。
① オーナー塾長の役員報酬(最大の調整ポイント)
多くの個人塾や中小塾では、利益が出た分を「塾長の報酬」として設定しています。例えば、塾長が年間800万円の報酬を取っているとします。
M&Aで買い手がこの塾を買い取った後、買い手は自分で授業をするわけではなく、新しく「教室長(正社員)」を1人雇って運営を任せるのが一般的です。
一般的な教室長の採用相場が「年収350万円」だとすると、以下のような計算になります。
- 塾長の現在の報酬:800万円
- 交代する教室長の相場:350万円
- 差額(足し戻せる額):450万円
つまり、差額の450万円分は「買い手が引き継いだら、そのまま浮いて利益になるお金」として、修正営業利益にプラスすることができます。
もちろん、新しく買い取った塾の経営をしつつ、教室長も兼務するというパターンであれば、新オーナー様が自分でもらう報酬を自分で決定するわけですから、この項目は未知数になるわけです。
② 家族への専従者給与・役員報酬
「名前だけ登録してある配偶者」や「週に1回だけ事務を手伝っている親族」に月20万円(年間240万円)などの給与を支払っているケースがあります。
M&Aが成立すれば、これらの親族は全員退職します。また、その仕事は残った講師や新しい教室長が兼任できることが多いため、この年間240万円は「丸ごと不要になる経費」として利益に足し戻せます。
③ 節税目的の生命保険・共済
中小企業倒産防止共済(経営セーフティ共済)や、経営者向けの生命保険に年数十万〜数百万円を支払っている場合、これらはM&Aのタイミングで解約するか、オーナー個人が引き継ぐことになります。
塾の運営自体には1円も関係のない「税金対策のための出費」ですので、これも全額利益に足し戻します。
④ 社用車・旅費交通費・交際費
「塾の巡回用」という名目で、実際は塾長がプライベートでも使っている車のリース代、ガソリン代、車検代、保険料。これらは買い手にとって引き継ぐ必要のないコストです。
また、地元の経営者仲間との飲み会代、塾業界の集まりという名目の旅行代なども、すべて「オーナー個人の趣味・交際」とみなされ、足し戻しの対象になります。
⑤ 一時的な特別損失(リフォームや修繕)
「一昨年、雨漏りしたから屋根を150万円かけて修理した」「看板が古くなったので80万円で架け替えた」というような費用は、毎年発生するものではありません。
このように「たまたまその年だけ発生した大きな出費」は、通常の営業利益から除外して(足し戻して)計算しないと、その年の塾の実力が歪んで見えてしまいます。
買い手に対して「これは一過性の費用です」と証明書や領収書を見せて説明しましょう。
5. 学習塾特有の「修正」における注意点
学習塾のM&Aには、他の業種(飲食業や小売業など)とは異なる、特有の会計構造があります。修正計算書を作る際は、以下の塾特有のポイントをクリアにしておく必要があります。
前受金(授業料の前払い)の処理
学習塾では、3月に「春期講習代+新年度の教材費」をまとめてもらったり、半年分・1年分の授業料を前納してもらったりすることがあります。
税金対策として、入金された瞬間にすべて売上に計上しているケース(現金主義に近い処理)が見られますが、M&Aの実質化においては「まだ授業を提供していない分は、売上ではなく前受金(負債)」として正しく月割りに修正する必要があります。
これをやっておかないと、買い手から「売上が実際の月謝とズレていて不透明だ」と指摘され、大トラブルに発展します。
専任講師の「引き継ぎ」に伴うコスト
塾長がメインで授業に入っている塾の場合、塾長が抜けた後に「同じ質の授業を提供できるアルバイトや社員」を維持・確保するためのコスト(求人広告費や時給のアップ)を、あらかじめ「新規発生コスト」として修正計算書に織り込んでおく必要があります。
↑ この点はオーナー兼塾長(オーナー兼教室長)で入っている方が、教室を譲渡する際には、
オーナー塾長の役員報酬
これを足し戻すのですが、実際には、塾長(教室長)として誰かが担わなくてはいけないわけですから、修正時には、新規発生コストとして提示していく必要があります。
(※盲点ですが、これは重要です!)
これを隠して「塾長が抜けても経費はそのままです」と嘘をつくと、デューデリジェンス(買収監査)の段階で必ず見破られます。
6. 実例で見る!修正計算書ビフォーアフター
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【実例(実話)】
分かりやすくするために、ある個別指導塾(1校舎)を経営するA社長の事例で、通常の決算書と、修正後の計算書(M&A用)を比較してみましょう。
通常の決算書(A社長の確定申告ベース)
- 売上高:3,000万円
- 経費合計:2,800万円
- 講師人件費:1,000万円
- 家賃・光熱費:500万円
- 塾長の役員報酬:800万円
- 配偶者の専従者給与:200万円
- 社用車(高級車)関連費:100万円
- 交際費・旅費・保険:200万円
- 決算書上の営業利益:200万円
この決算書のまま買い手に提示すると、買い手は「利益が200万円しか出ていない塾か。じゃあ買収価格は、200万円×3年分で、せいぜい600万円だな」と査定されてしまいます。
または学習塾は現在、買い手市場であることから、200万という金額を打診してくるかもしれません。
あまり具体的な数字を書きますと、案件の特定がなされてしまい、ご迷惑となるため完全カムフラージュとして、実例ではありますが、ぼかして書いてあります。
さて、この社長ですが、最初このようにそのままの決算書を提示されました。だいたいの計算はすべて税理士任せで、あまりご自身では把握されていなかったようです。
ちょっとどんぶり勘定気味でしたが、とても明るく闊達な方でした・・・。
ですが、実際に
「社長、これだとけっこう損ですよ」と修正していきました。
修正後の計算書(M&A用実質化)
ここから、M&A後に不要となる経費、実態に合わない経費をあぶり出します。
- 決算書上の営業利益:200万円
- 足し戻し①:塾長の役員報酬 800万円 ⇒ 後任の教室長(年収400万)を雇う想定にするため、差額の「400万円」を足し戻す。
- 足し戻し②:配偶者の給与 200万円 ⇒ M&A後は退職するため「200万円」を全額足し戻す。
- 足し戻し③:社用車関連費 100万円 ⇒ 買い手は引き継がないため「100万円」を全額足し戻す。
- 足し戻し④:交際費・保険 200万円 ⇒ オーナー個人のもの、および節税保険のため「200万円」を全額足し戻す。
修正計算後の利益の合計:
200万円 + 400万円 + 200万円 + 100万円 + 200万円 = 1,100万円
結果の違い
- 通常の決算書:利益 200万円 ⇒ 買収評価額の目安:約600万円
- 修正計算書:実質利益 1,100万円 ⇒ 買収評価額の目安:約3,300万円〜5,500万円
いかがでしょうか。しっかりと計算書を修正して買い手に提示するだけで、あなたの塾の価値は600万円(下手したら200万)から数千万円へと跳ね上がりました。
実際、この内容をzoomでお伝えしたのですが、
正直言いますと、御伝えしたことで、俄然やる気が倍増されたようで、結局売却しないという判断になった方です。
買い手側も「この塾は引き継いだ後に年間1,100万円もキャッシュを生み出してくれる素晴らしい物件だ」と正しく評価できるようになるわけで、CROSS M&Aとしても扱いたかった案件ではあるのですが、
そこはやはり正直ベースに、実際の仕組みを社長に伝えるべきというまっとうなスタンスで打ち合わせをした結果ですので、結果オーライだったと言えます。
7. 買い手に信頼される修正計算書を作るための3つのルール
いくら「この経費は足し戻せます!」と口頭で主張しても、買い手が納得してくれなければ意味がありません。買い手の信頼を勝ち取り、スムーズに高値売却を成功させるためのルールをお伝えします。
ルール1:すべての足し戻しに「客観的な証拠(エビデンス)」をつける
「交際費の200万円は個人のものです」と言うのであれば、元となる元帳や領収書を整理し、それがどのような支出だったのかを説明できるようにしておきましょう。
「保険料」であれば、保険証券のコピーを用意し、解約返戻金がいくらあるかも合わせて提示すると、買い手は非常に安心します。
ルール2:都合の悪い「マイナス要因」も正直に書く
実質化の作業では、プラスの足し戻しだけでなく、M&A後に新しく発生するマイナスの経費(例:フランチャイズ本部の更新料が来年かかる、老朽化したパソコンの買い替えが必要など)も正直に記載しましょう。
良いところだけを見せようとすると、後からの調査でバレた時に「他にも何か隠しているのではないか」と疑われ、交渉が決裂します。
正直に開示する姿勢こそが、高額売却の1番の近道です。
ルール3:プロ(M&Aアドバイザーや専門の税理士)と一緒に作成する
自社だけでこの修正計算書(俗に言う「EBITDAの算出」や「実質化PL」)を作るのは、計算ミスや、買い手への説明ロジックの不足を招きやすいです。
学習塾の業界構造やM&Aの慣習をよく知っているM&Aアドバイザーや公認会計士、税理士をパートナーに選び、第三者の目線で「これなら買い手も100%納得する」という洗練された修正計算書を作成してもらいましょう。
まとめ:あなたの塾の本当の価値を、正しくカタチにしよう
学習塾のM&Aにおいて、通常の決算書はあくまで「国に税金を納めるための書類」であり、あなたの塾の「本当の価値」を表したものではありません。
今回ご紹介した一覧表を参考に、まずはご自身の塾の経費を見直してみてください。
「講師の給与や校舎の家賃」など、塾の運営に絶対必要な経費はそのまま残し、「自分の役員報酬、家族の給与、節税のための保険、私的な交際費や車両費」など、買い手が引き継がなくてもいい経費はすべて利益に引っ繰り返すことができます。
しっかりとした修正計算書(実質化PL)を作成して交渉のテーブルにつくこと。
これこそが、あなたがこれまで心血を注いで生徒たちと向き合い、築き上げてきた学習塾を、最高かつ正当な評価で次のオーナーへ引き継ぐための、最も重要なファーストステップです。
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