学習塾の事業譲渡と不動産賃貸借契約の扱いについて

事業譲渡の場合、賃貸借契約はどうなるのか?
貸店舗、貸事務所、つまり賃貸で物件を借りて営業しているA社があったとします。
その保証金は、60万円、家賃は20万と仮定します。
A社がB社に事業譲渡した場合、この物件にそのままB社が入ることになるが、それはA社とB社の間では、譲渡契約として成約すればOKですが、この不動産契約、賃貸借契約はどうするのでしょうか?
A社からB社へ事業譲渡が行われる際、不動産(店舗・事務所)の扱いは非常に重要なポイントです。
結論から申し上げますと、賃貸物件に関しては「A社とB社の間だけで合意しても、そのまま営業を続けることはできません」。
不動産賃貸借契約の観点から、必要な手続きと注意点を整理しました。
賃貸で教室の場所を借りているのですから、何にしても「許可」は必要です。
1. 原則:大家さん(貸主)の承諾が必須
日本の民法では、賃借権を他人に譲渡したり、物件を転貸(またがし)したりする場合、貸主(オーナー)の承諾を得る必要があると定められています。
契約の巻き直し、または名義変更
一般的には、A社との契約を解約し、新たにB社が大家さんと賃貸借契約を結び直す形(新規契約)になります。
無断譲渡のリスク
もし大家さんに黙ってB社が使い始めた場合、無断譲渡・転貸とみなされ、大家さん側から契約を強制解除されるリスクがあります。
普通の常識で考えれば、大家さんに無断で、その場所でやっている商売内容を変更したり、誰かに譲渡したりできないのはわかると思います。
商売内容の変更はセンシティブな問題が絡んでいますので、認められるかどうかは業種次第だと思います。例えば、今までは学習塾だったのに、突然来月から焼き鳥屋にしたいのです、といってその内容が通るはずがありません。
いわゆる、事務所にしても店舗にしても事業用途に制限を設けるのは大家さんとしても当然です。
ところが、事情譲渡の場合には、
「今行っている事業を他人に(他の法人に)そのまま譲渡する」という性質のものですので、よほどのことがない限り大家さんもOKしてくれます。
とにもかくにも「何をするにしても」「無断」はダメです。
2. 保証金(60万円)の取り扱い
ここが実務上で最もトラブルになりやすい部分です。実際に保証金とは敷金と似た性質のものです。
不動産の敷金・保証金は、借主の家賃滞納や退去時の原状回復費用(修繕費・クリーニング代)などに備えて、大家さんに預ける担保・保証という意味合いのお金です。
当然ながら、問題がなければ退去時に返還される一時金です。
敷金も保証金も役割はほぼ同じですが、保証金には「敷引き(償却)」などの独自のルールがある場合が多いです。
借主が物件契約するときには、この敷金、保証金の扱いについて、賃貸借契約書と重要事項説明書に書かれていますので、必ずチェックするようにしましょう。
学習塾における敷金・保証金の事例
学習塾や習いごと教室の場合はあまりに高額な敷金・保証金にならない事例が圧倒的多数です。なぜなら、飲食などと比べて、内部の汚れが多くなく、天井、壁紙、床の損耗が少ないからです。
CROSS M&AのK部長が学習塾開校や、買収の際に経験してきた標準的な敷金、保証金は、おおむね家賃の3か月分または4か月分程度です。
もし、ここが6か月分、10か月分とか、12か月分とかでしたら、「多すぎる!」と堂々と主張して良いです。
賃貸借契約における保証金とは?
原則的な流れ
通常、保証金60万円は一度大家さんからA社へ返還され、改めてB社が大家さんへ同額を差し入れることになります。
事業譲渡での特例
A社とB社の間で「保証金返還請求権」も譲渡対象に含めることがあります。この場合、大家さんに承諾を得た上で、預け主の名義だけをB社に書き換えます。
※「保証金返還請求権」とは
保証金返還請求権とは、賃貸借契約終了後、賃借人が賃貸人に明け渡しを完了した時点で、未払い賃料や原状回復費用などを差し引いた残りの保証金(敷金と同義の場合が多い)の返還を請求できる権利です。
物件の明け渡しが完了したときに発生し、貸主が賃借人への返還義務を負います。
この権利は賃貸借契約が終了し、物件の明け渡しが完了した後に発生し、賃借人の債務(未払い家賃、原状回復費用など)がなければ、保証金の全額が返還されるべきものですが、契約内容や特約(敷引きなど)により返還額が減る場合もあり、
納得できない場合は弁護士や司法書士に相談して請求できます。
償却(敷引き)に注意
契約書に「退去時、保証金の20%を償却する」という規定がある場合、名義変更のタイミングで12万円が差し引かれ、B社が不足分を補充しなければならないケースもあります。(保証金60万円のケース)
3. 注意すべきポイント
| 項目 | 内容 |
| 入居審査のやり直し | B社が契約者になる際、大家さんや保証会社による審査が改めて行われます。B社の業績によっては拒否される可能性もゼロではありません。 |
| 契約条件の変更 | 契約を巻き直す際、大家さんから「家賃を20万円から22万円に上げたい」といった条件変更を打診されることがあります。 |
| 承諾料(名義書換料) | 大家さんへの事務手数料として、家賃の1〜3ヶ月分程度の承諾料を求められるのが一般的です。 |
進め方のステップ
- 賃貸借契約書の確認:譲渡・転貸の禁止規定や、名義変更の手数料についての記載をチェックします。
- 大家さん・管理会社への相談:事業譲渡の計画段階で、新会社(B社)に契約を引き継ぎたい旨を打診します。
- 三者間での合意:A社、B社、大家さんの三者で、保証金60万円の引き継ぎ方法や移転時期を確定させます。
A社とB社の事業譲渡契約書の中に、「貸主の承諾が得られなかった場合は本契約を解除できる」といった条項を入れておかないと、B社は店舗を使えないリスクを負うことになります。
事業譲渡契約書に盛り込むべき「賃借権の移転に関する条項」の具体例
事業譲渡契約において、店舗や事務所の「賃借権」を確実にB社へ引き継ぐために盛り込むべき条項の具体例を整理しました。
大きく分けて「賃借権そのものの移転」に関する条項と、万が一大家さんの承諾が得られなかった場合の「条件(停止条件)」に関する条項の2点が必要です。
1. 賃借権の移転に関する条項例
事業譲渡の対象資産の中に、不動産の賃借権が含まれることを明記します。
【条項例】
第○条(賃借権の承継)
- 甲(A社)は、本件事業の用に供している別紙記載の物件(以下「本件物件」という)にかかる賃貸借契約上の地位を、乙(B社)に承継させるものとする。
- 甲は、譲渡日までに、本件物件の貸主から、前項の地位の承継に関する書面による承諾を得るものとする。承諾取得に要する承諾料、名義書換料等の費用は、甲(または乙、あるいは折半など協議で決定)の負担とする。
2. 保証金(60万円)の承継に関する条項例
前述の通り、保証金をそのまま引き継ぐ(返還請求権を譲渡する)場合の記載例です。
【条項例】
第○条(保証金の取扱い)
- 乙は、本件物件の貸主に対し甲が預託している保証金60万円の返還請求権を、甲から譲り受けるものとする。
- 甲は貸主に対し、前項の債権譲渡について、譲渡日までに書面による通知を行い、または承諾を得るものとする。
3. 大家さんの承諾が得られなかった場合の条項(重要)
もし大家さんが首を縦に振らなかった場合、B社は事業ができなくなってしまいます。そのため、契約の効力を停止させる、あるいは解除できるようにしておく必要があります。
【条項例:停止条件】
第○条(停止条件) 本契約の効力は、本件物件の貸主から、乙に対する本件物件の賃借権の移転について書面による承諾が得られることを条件として発生するものとする。
【条項例:解除権】
第○条(解除) 譲渡日までに本件物件の貸主から賃借権移転の承諾が得られない場合、乙は催告を要せず本契約を解除することができる。この場合、甲は受領済みの譲渡代金を直ちに乙に返還しなければならない。
まとめとアドバイス
実務上、これらを作成する際のポイントは以下の通りです。
- 費用の負担者を決めておく: 大家さんに支払う「承諾料(名義書換料)」をA・Bどちらが払うのか、あらかじめ決めておかないと最後に揉める原因になります。
- 三者間での「地位承継の覚書」が確実: 事業譲渡契約書とは別に、A社・B社・大家さんの三者が記名押印する「賃貸借契約の地位承継に関する覚書」を別途作成するのが、最も法的に安定した方法です。
事業譲渡を進める際は、まず大家さんに「B社という会社に譲る予定だが、条件面を引き継げるか」を内々に打診し、その感触を得た上で契約書の詳細を詰めるのがスムーズです。
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