学習塾の事業譲渡契約書:失敗しないための徹底解説と注意点

2025年07月17日

譲渡

なぜ今、学習塾の事業譲渡が増えているのか?

少子化による生徒数減少、教員不足、そしてM&A市場の活発化など、学習塾業界は大きな転換期を迎えています。特に近年、事業承継や規模拡大、あるいは事業再編の一環として、学習塾の事業譲渡が注目を集めています。

しかし、単に事業を売却・買収するといっても、そこには複雑な法務、財務、労務が絡み合い、特に事業譲渡契約書は、売手・買手双方にとって極めて重要な意味を持ちます。

この契約書は、取引の全てを網羅し、トラブルが起こらないようにするために必要なものです。

もし契約内容に不備があれば、後々思いがけない損失を被ったり、深刻な法的紛争に発展する可能性も否定できません。

本記事では、学習塾の事業譲渡を成功させるために不可欠な、事業譲渡契約書の注意点を徹底的に解説します。詳細な解説を通じて、皆様の事業譲渡が円滑に進むよう、具体的なポイントと対策をご紹介します。

学習塾の事業譲渡契約書
忘れてはいけない項目をチェック!

学習塾の事業譲渡契約書とは?その重要性

事業譲渡契約書とは、その名の通り、特定の事業(この場合、学習塾事業)を第三者へ譲渡する際に締結する契約書です。

会社そのものを売却する株式譲渡とは異なり、事業譲渡は事業の一部または全部を個別に売買する形式を取ります。これにより、売手は不要な事業を整理し、買手は必要な事業のみを取得できるメリットがあります。

しかし、その個別性ゆえに、譲渡の対象となる資産や負債、契約関係、従業員の処遇などを詳細に定める必要があり、契約書の作成は極めて慎重に行う必要があります。特に学習塾の場合、生徒情報やノウハウ、許認可などが譲渡対象となるため、細やかな配慮が求められます。

※基本的に、学習塾の運営自体に許認可は必要ありませんが一部の都府県は求められます


学習塾の事業譲渡契約書における重要チェックポイント10選

学習塾の事業譲渡契約書を作成・確認するにあたり、特に注意すべき10のポイントを解説します。

1. 譲渡の対象範囲の明確化

譲渡契約書において最も重要なのが、何を譲渡するのかを明確に定義することです。学習塾の場合、以下の項目を具体的に記載する必要があります。

  • 有形固定資産: 塾舎(建物)、土地(賃貸借契約を含む)、机、椅子、ホワイトボード、教材、コピー機、PCなどの設備
  • 無形固定資産: 生徒指導ノウハウ、カリキュラム、指導マニュアル、生徒データ、講師名簿、教材作成データ、ウェブサイト、SNSアカウントなど
  • 契約関係: 生徒との契約、講師との雇用契約、不動産賃貸借契約、取引先との契約など
  • 負債: 買手側が引き継ぐ負債(例えば、未払い給与、リース債務、未払いの仕入代金など)の有無と範囲

曖昧な表現は将来のトラブルの温床となります。「学習塾事業に関する一切」といった抽象的な記載は避け、別紙などで詳細なリストを作成し、契約書に添付することを実施したほうが無難です。

また負債については、早めに買い手候補に情報として提供していくようにしましょう。
どのような場合でも「悪いこと」から先に報告です。

2. 譲渡対価と支払い条件

譲渡対価の金額はもちろんのこと、支払い方法、支払い期日、分割払いの場合はその回数や条件などを明確に定めます。また、事業譲渡実行日までに発生する収益や費用をどのように按分するのか、運転資金の精算方法なども細かく取り決める必要があります。

  • アーンアウト条項: 将来の業績に応じて追加で対価を支払う「アーンアウト」を設定する場合、その算定基準や支払い時期を具体的に定めます。
  • 調整金条項: 決算日と譲渡実行日の間の変動を調整する「調整金」を設定する場合、その計算方法を明確にします。

調整金条項とは:

最終的な買収価格の確定を、その後の「一定期間の業績実績に基づいて行う」ための仕組みです。

つまり、売買契約時には暫定合意をしてその後、双方で決めた期間(通常1~3年程度)の業績が目標値を達成した場合には、追加で買収対価を支払い(※これがアーンアウトです)、業績が悪化した場合は買収価格が減額されるなどの取り決めを盛り込んだ条項ということです。

学習塾や習いごと教室における買収・譲渡では、通常の初期設定の譲渡金額で基本合意がなされ、細かい付記がなされた譲渡契約になることが多いです。


3. 従業員の承継(労働契約の承継)

事業譲渡の場合、従業員の雇用契約は自動的に承継されません。

売手と買手の間で、引き継ぐ従業員の範囲、雇用条件、退職金規程の適用、有給休暇の引き継ぎなどについて個別に合意し、従業員一人ひとりと再契約を締結するか、労働条件通知書等で明示する必要があります。

  • 従業員の同意: 従業員の同意なく労働条件を変更することはできません。事前に十分な説明と話し合いを行い、従業員の理解と同意を得ることが不可欠です。
  • 退職者の扱い: 譲渡に伴い退職する従業員への退職金や特別慰労金の支払いについても明記します。

雇用契約は、新しい買い手側が別途、雇用通知書、雇用契約書を準備しますが、前オーナーが結んできた雇用契約と同一を求める声が多いはずですから、その点はよく従業員との対話を持つようにしましょう。
また、忘れがちなのが、

・厚生年金保険、健康保険、雇用保険などの手続き
・前オーナーからの源泉徴収の受け取り


など、漏れがないように対応していきましょう。

4. 許認可・届出の承継

学習塾を運営するには、一部の都府県においては、学習塾設置届出など、特定の許認可や届出が必要となる場合があります。これらの許認可は通常、譲受人に引き継がれるものではなく、譲受人が改めて取得し直す必要があります。

契約書では、これらの許認可の取得を譲渡実行の前提条件とするか、あるいは売手の協力義務を明記することが重要です。

5. 競業避止義務

事業譲渡後、売手が同じ地域で類似の学習塾を開業することは、譲受人にとって大きな脅威となります。そのため、契約書には競業避止義務の条項を設けることが一般的です。

  • 期間: 通常、2年から5年程度が一般的ですが、事業の特性や地域性を考慮して設定します。
  • 地域: 特定の市町村、駅周辺など、具体的な範囲を定めます。
  • 内容: 学習塾の経営、講師としての活動など、禁止される行為を具体的に定めます。

あまりに広範な競業避止義務は、売手の職業選択の自由を不当に制限するとして無効となる可能性もあるため、合理的な範囲で設定することが重要です。

6. 秘密保持義務

事業譲渡の交渉過程で、売手は買手に対して塾の経営状況、生徒情報、講師情報など、多くの機密情報を開示します。

これらの情報が漏洩しないよう、交渉段階から、秘密保持契約(NDA)を締結することが一般的ですが、本契約書においても改めて秘密保持義務を定めることが重要です。譲渡後も、売手・買手双方が知り得た相手方の機密情報を開示しない義務を負います。

7. 善管注意義務と協力義務

譲渡実行までの間、売手は譲渡対象となる事業について善良な管理者の注意義務を持って運営し、事業価値を毀損しないように努める義務を負います。

また、譲渡実行に際して必要となる各種手続きや引継ぎに対して、売手と買手双方が協力義務を負う旨を明記します。特に、生徒へのアナウンスや引継ぎ期間中の協力体制は、生徒離れを防ぐ上で極めて重要です。

8. 表明保証条項

表明保証とは、売手が買手に対して、契約締結時点または譲渡実行時点における特定の事実が真実かつ正確であることを保証するものです。学習塾の場合、以下のような項目が挙げられます。

  • 財務諸表の正確性
  • 税務申告の適法性
  • 訴訟・紛争の有無
  • 許認可の有効性
  • 重要な契約の有効性
  • 生徒情報や個人情報の適正な管理

もし表明保証の内容に虚偽があった場合、買手は損害賠償請求契約解除を行うことができます。この条項は、買手のリスクを軽減する上で非常に重要です。売手としては、安易な保証は避け、正確な情報に基づいて慎重に表明保証を行う必要があります。

9. 補償条項

表明保証に違反があった場合や、事業譲渡実行日以前に発生した事由に起因する損害について、売手が買手に対して補償する義務を定めるのが補償条項です。補償の範囲、期間、上限額などを具体的に定めます。

  • 補償対象の範囲: どのような損害が補償の対象となるのかを明確にします。
  • 補償期間: 譲渡実行後、いつまで補償義務を負うのかを定めます。
  • 補償上限額: 補償される金額の上限を定めます。

10. 契約解除および損害賠償

万が一、どちらかの当事者が契約に違反した場合の契約解除の条件や、損害賠償の範囲を定めます。履行遅滞、債務不履行、表明保証違反など、具体的な解除事由を明記し、損害賠償の算出方法なども定めておくことで、紛争時の解決を円滑に進めることができます。


学習塾特有の注意点と対策

上記の一般的な注意点に加え、学習塾の事業譲渡においては以下の点にも特に注意が必要です。

生徒・保護者への説明と同意

学習塾の事業譲渡において最もデリケートな問題の一つが、生徒・保護者への説明と同意です。事業譲渡は、指導内容や講師陣、運営方針に変化をもたらす可能性があり、生徒・保護者の不安を招きかねません。

  • 適切なタイミングでの説明: 譲渡契約締結後、速やかに、しかし生徒・保護者が混乱しないよう適切なタイミングで説明会を実施するなど、丁寧なコミュニケーションを心がけましょう。
  • 説明内容の明確化: 譲渡後の運営体制、指導内容の継続性、料金体系の変更の有無などを明確に説明します。
  • 個人情報保護: 生徒の個人情報(氏名、住所、連絡先、成績など)は個人情報保護法によって厳しく保護されています。これらの情報を譲受人に引き渡す際には、個人情報保護法の定めに従って、適切に処理する必要があります。原則として、生徒・保護者から個別の同意を得るか、利用目的の変更を通知し、同意を得る必要があります。この手続きを怠ると、法的リスクを負うことになります。契約書に個人情報保護に関する条項を設け、遵守義務を明記しましょう。

顧客である生徒・保護者には、口頭で伝えるよりも、まずはしっかりとした文書でお知らせする形式をとることをオススメします。
その際は、

①前オーナー、前塾長、教室長
②新オーナー、新塾長、教室長

これらの人が連名で、文章を作成するようにしましょう。

形式としては、最後に全員の名前が出るような内容ではなく、それぞれの関係者がそれぞれ別の文章を書いて、一連のつなぎの手紙として個々に郵送する、もしくはお渡しするという形が良いです。

講師陣の引き継ぎとモチベーション維持

学習塾の根幹は講師陣です。彼らの引き継ぎがうまくいかなければ、生徒離れに直結します。

  • 労働条件の再提示: 前述の通り、従業員との再契約が必要です。給与、勤務時間、福利厚生など、労働条件を明確に提示し、理解を得ましょう。
  • 引き継ぎ期間の協力: 譲渡後も一定期間、売手側の講師が協力し、円滑な引き継ぎをサポートする体制を整えることを契約書で定めても良いでしょう。
  • モチベーション維持策: 譲受人側は、講師陣が安心して働ける環境を提供し、モチベーションを維持するための施策(研修、キャリアパス提示など)を検討することが重要です。

講師はもちろんのこと、スタッフ、社員として残ってくれる人たちには、感謝の気持ちをもちながらできれば個々に会話を兼ねて話をしていく時間が取れるといいでしょう。

ノウハウ・カリキュラムの評価と移転

学習塾の無形資産であるノウハウやカリキュラムは、その塾の競争力の源泉です。

  • 評価の難しさ: これらは形がないため、客観的な評価が難しい側面があります。デューデリジェンスの段階で、その内容と価値を十分に精査する必要があります。
  • 移転方法の具体化: 指導マニュアルの提供、研修の実施、データファイルの引き渡しなど、どのようにノウハウを移転するのかを具体的に契約書で定めます。


事業譲渡を成功させるためのアドバイス

学習塾の事業譲渡は、多岐にわたる専門知識を要する複雑なプロセスです。失敗しないためには、以下の専門家を積極的に活用することをおすすめします。

  • 弁護士: 契約書の作成・レビュー、法的リスクの洗い出し、交渉のサポートなど、法的な側面から全面的な支援を行います。特に、学習塾の事業譲渡に精通した弁護士を選ぶことが重要です。
  • 公認会計士・税理士: 財務デューデリジェンス、企業価値評価、税務上の影響分析、会計処理など、財務・税務の専門的なアドバイスを提供します。
  • M&A仲介会社: 売手と買手のマッチング、交渉のセッティング、条件調整など、M&Aプロセス全体を円滑に進めるためのサポートを行います。

これらの専門家と連携することで、リスクを最小限に抑え、双方にとって最善の形で事業譲渡を完了させることができます。

・・・ただし、弁護士、税理士と依頼をすれば、場合によってはけっこう高額になりますので、まずはM&A仲介会社のアドバイザーとしっかりと相談していきましょう。
規模にもよりますが、弁護士、税理士を入れずとも最後の契約までこぎつけている事例はたくさんあります。


まとめ:学習塾の事業譲渡契約書は、後々のトラブルがないように交わすもの

学習塾の事業譲渡契約書は、単なる書面ではなく、トラブルの未然防止として作成し、お互い交わすものです。

したがって譲渡の対象範囲、対価、従業員の処遇、競業避止義務、表明保証、補償など、多岐にわたる項目について細心の注意を払って作成する必要があります。

特に、学習塾ならではの生徒情報保護、講師陣の引き継ぎ、ノウハウの評価と移転といったデリケートな問題への対応は、事業譲渡の成否を分ける鍵となります。


おわりに

本記事が、学習塾の事業譲渡をご検討されている皆様にとって、安全かつ円滑な取引を実現するための一助となれば幸いです。

事業譲渡は新たな成長の機会を創出する一方で、多くの課題を伴うものです。疑問点や不安な点があれば、迷わず専門家にご相談ください。適切な準備と専門家のサポートを得ることで、あなたの学習塾の事業譲渡はきっと成功へと導かれるでしょう。

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