M&A成功のために、必要なPMIの実施について

まずはじめに、以下のグラフをご確認ください。譲渡側が重視している事項と、買収側の心配事項を表したものです。
ここから見て取れるのは、「人」の部分に比較的多く 譲渡側も買収側もフォーカスしているということです。
譲渡側も買収側も雇用や事業の将来を重視している
譲渡側の重視事項(上位3位 単位%)

買収側の心配事項(上位3位 単位%)

【出典】※上記2つの画像は、中小企業白書(2021年)東京商工リサーチ「中小企業の財務・経営及び事業承継に関するアンケート」結果からの抽出しました。
譲渡側で一番多いのが、従業員の雇用維持で、こちらが82.7%と高水準です。会社または事業の売却において、経営者は、まず従業員のことを真剣に考えていることがわかります。
買収側は、これから雇用する従業員の理解が得られるのだろうか、という心配、及び買収後に想定した効果が得られるのだろうかという心配があります。
また、仲介手数料が高いという意見も同様にあります。
M&Aは目的ではなく、手段。重要なのは、M&A後の会社(事業)の運営である

学習塾におけるPMIの在り方について
学習塾のM&Aは、その多くが株式譲渡ではなく、事業譲渡となり、オーナーも個人事業主であることが多いです。昨今、事業譲渡が活発に実施されるようになったものの、学習塾のM&AはどちらかというとスモールM&A、マイクロM&Aといわれるぐらいの小規模案件であることが多いのも事実です。
一般的なPMIというくくりで考えると、そこに登場するPMI概念の言葉がどこか崇高で、いまいちピンとこない・・・というオーナーも非常に多くいらっしゃいます。
Post Merger Integrationなんていう言葉は、一生のうち、0回、あっても1回程度しかお目にかかれないWordです。
「M&Aの後のPMIがとても重要なんです!」と
言ったところで、「そうだね」というオーナーは皆無でしょう。
但し!
その規模感の大小こそありこそすれ、M&A「後」の取り組みが、M&A全体の成否を左右する!と言っても過言ではありません。
では、最初に人的な内容を学習塾の事業譲渡を事例に見てみましょう。
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【実例(実話)】
こちらの失敗事例は、同業者のIさんから聞いたお話です。
A個別指導塾は、異業種で学習塾を新規事業ととしてとらえたいB社と譲渡契約に至りました。
B社はIT関連の会社ですので、事業を全体的に見てどんどんDX化を推進していきたいという意向が強くありました。ところが、A個別指導塾は、そのようなDX化には興味がなく、人間味あふれる手作り感満載の教室運営を長年してきました。もっと初期段階で、そのあたりのすり合わせをすればよかったのですが、
実際には、時期が新年度に差し掛かる前の段階で、A個別指導塾側でもオーナー事情があり、スピードを優先していました。
方針がかなり変わってしまうかも・・・という危機感を持ちつつもA個別指導塾とB社が契約したという流れです。
DX化と同時にB社が考えていたのは、従業員待遇でした。
ここが一番大きな問題の起点となってしまったそです。
従業員の中には、長年A個別指導塾の屋台骨として教務を担当していたTさんという方がいました。Tさんは、オーナーを補助し、副教室長的な役割を担っていました。
オーナーが抱えるマネージメント業務の中でも生徒や保護者対応についての諸々の情報を精査し、面談のときにも間違いなくキーマンと言えるぐらいの丁寧な対応が出来る方でした。
譲渡が完成する段階では、Tさんは、オーナーの経営からB社の経営に変わることを理解納得していて、継続雇用されるはずでした。
B社の経営陣からも「今までと同じような勤務してください」と言われていたことでも安心していたようです。ところが、一人ひとりの従業員に対する待遇改善プランが出されたときに、Tさんは裏切られた気持ちになったそうです。
業務開始後まもなく、Tさんは退職を申し出てきました。
それだけではなく、退職者がその後3人続いてしまい、B社の業務は突然ひっ迫してしまったのです。
当初、CROSS M&AのK部長はこの話を聞いたときに、
「そんなことってあるのか・・・」と少々衝撃を受けました。
人は財産
基本的に、事業を行う上で最も大事なのは、なんだかんだ言っても「人」です。
人・モノ・金・情報と言われる要素、その他、事業が語られるあらゆる場面でもやはり「人=人材=人財」というスタンスは必須だと思います。
この部分が壊してしまうと、内部が壊れてしまう・・・そんな失敗事例なのだろうと思います。その後談があり、B社は困りに困ったものの、ちょうど年度の切り替わり時期でもあったことから、一気に採用を拡大して何とかギリギリ乗り切ったようです。
しかし採用のためにかかったコストもそれなりに大きかったと思います。
言うまでもなく、この反対が成功事例です。
成功と言い切れるかどうかは、その後数か月、数年の業績推移を見てみないと本当の意味での成功なのかどうかは判断しにくいとは思いますが、従業員を含む譲渡で、ソフトランディングが出来ればそれは成功と言えるでしょう。
学習塾の場合、よほど、買収側が変なことをしなければたいていの従業員引継ぎはうまくいきます。
これは、CROSS M&Aでも、他の買収案件を見ても同様です。
普通にうまくいくための要素は以下の4つです。
①譲渡前に従業員の情報をしっかりと引継ぎされること(※これが一番重要です)
②従業員全体へM&Aの事実を伝えるときのタイミングを間違えないこと
③従業員一人一人と対話すること(新オーナーが早期に)
④給与等の待遇を悪い方向に変更しないこと
上記で従業員情報の共有を重要視している理由は、従業員を同一としてひとくくりにとらえるのではなく、個々に彼らの性格であるとか、勤怠の状況、その他、その個人が持っている特性なども把握しておくことがとても重要だからです。
例えば、
・講師Aさんは、間違いなくキーマンであるが文系教科は苦手である
・講師Bさんは、体調不良になることがあり、当日欠勤が多めである
・講師Cさんは、学力は非常に高いので、レベルが高い生徒じゃないと合わない
・講師Dさんは、ムードメーカーで、この講師がいるだけで教室が明るくなる
など、従業員A,B,C,Dさんという集合体で見てしまうことが、全く意味のないことだということがわかると思います。
最初のこの把握を売主のオーナーからSpread SheetやExcelファイルなどで引継ぎファイルとして受けておき、実際に個々に面談をすることで、新オーナー(買収側)は、しっかりと個々に把握して、今後の協力について、上から目線ではなく、頭を下げてお願いするぐらいの対応をすれば、辞めてしまう・・・ということは、まず起こりません。
何にしても講師が社会人であってもアルバイトであっても、旧オーナーが手塩にかけた教室に根付き、一生懸命生徒指導にあたってくれた講師たち、彼らを大事にしたほうがいいでしょう。
二つ目に書いたタイミングですが、M&Aでの基本(と言うとちょっと大仰ですので)学習塾の譲渡についての基本は、早く言いすぎるのはNGだということです。
当たり前ですが、前日に伝えるというのもNGです。
その適切なタイミングはいつか・・というと、だいたい1週間前から一週間ちょっと前ぐらいがベストです。ここで再三伝えておきますが、これはあくまでも スモールM&A,マイクロM&Aの学習塾についてのことです。
さすがに億、何十億、何百億レベルのM&Aではありませんので、誤解ないようお願いいたします。
理由は、学習塾で勤務する特にアルバイトの人たちは、その場所に「通いやすい」(※家から、または大学からなど)という理由が大きく占めています。例えば、面接前に、ここの教室長の下で働きたい!とか、そういうのはほぼありません。
人につく犬型、家につく猫型といわれますが、講師たちは比較的猫型の習性で、その場所につきます。
従って、オーナーが変わったからやめます!というのはほぼありません。
但し、社員の場合は異なるかもしれません。
これは慎重に伝えていかないと、一気に崩れてしまいますので、気を付けるべきです。
社員もその場所につくという可能性も十分あるのですが、やはりフルタイム勤務を長年一緒に行っていた場合は、やはりその経営者や教室長に対しての信頼があるからこそですので、意外と犬型要素もあるのです。
よって、アルバイトスタッフたちには、一週間から一週間ちょっと前に、社員に対しては、一か月、二か月前には内々に「可能性がある」ということを正直に伝え「まだ確定ではないが」ということも言いつつ、アルバイトスタッフや顧客(生徒など)には内密にしておいてほしいとお願いしつつ、日々業務と水面下の譲渡準備を進めていくことが肝要です。
そして、もっとも重要なイベントがその社員に
「オーナーが変わっても勤務してほしい」
という打診もする必要が出てきます。これは電話とかメールのやり通りで出来ることではありませんから、しっかりと面と向かって対話すべきことです。
そうすると、社員の本音がわかります。
「勤務時間とか待遇(給与)が変わらないのであればいいですよ」
というパターンもありますし、
「具体的にその人と会ってみないとわからないですね」
というパターンもあります。
中には、
「オーナーが変わるのであれば、先がどうなるか不安なので退職するかもしれません」
ということを言う人もいるでしょう。
いずれにしても社員の本音はしっかりと聞き出す必要があります。ここを曖昧にしてしまえば、新オーナーに迷惑をかけてしまうことにもなりますし、譲渡後にすぐに退職と言う事態になれば、やはり新オーナーから話が違うと言われてしまうかもしれません。
人はやっぱり「人」です。
ロボット、機械ではありません。感情がありますので、まずは旧オーナーが向き合うことが重要だということです。
上記の③④は、もうここまでの内容をご覧いただいた方は、わかりますよね。
待遇は悪い方向に変えないのは、絶対条件ぐらいにとらえておき、新オーナーも一人一人対話をしていき、ビジョンを語り、協力を要請するという丁寧なスタンスであれば、
学習塾 引継ぎにおける「対人」の所作としては問題ありませんし、大きな問題にもならないはずです。
人は重要!
人材ではなく、人財!という考えです。
学習塾をM&Aによって取得した後のPMIスケジュールイメージ
学習塾のM&AにおけるPMI(Post Merger Integration:買収後の統合プロセス)は、一般的な事業会社と異なり、
・「生徒・保護者の離脱防止」
・「講師・スタッフの定着(離職防止)」
まずはこの2つを最優先に設計する必要があります。
特に学習塾は「人(講師)」と「信頼(生徒・保護者)」に依存する事業であるため、PMIの初動(Day 1〜100)でのつまずきが直接的な売上減少に直結します。
中小企業庁などが配布しているPMIのガイドなどを見ると「Day100」と書かれています。
これは、M&A成立初日からの100日プランという意味合いで使われています。
以下に、標準的なPMIのDay100についてまとめてみました。
学習塾M&AにおけるPMI全体スケジュール(100日計画)
学習塾のPMIは、売買契約締結・クロージング(Day 1)から100日間を最重要期間として位置づけ、3つのフェーズに分けて推進します。
Phase 1: Day 1 〜 Day 30(信頼構築&リスク遮断)
クロージング〜1ヶ月
最優先事項は「不安の払拭」です。経営体制の変更による講師の離職や生徒の退会を防ぐため、迅速なコミュニケーションと最低限のオペレーション維持に集中します。
- トップメッセージの配信: 既存オーナーと新オーナー連名でのご挨拶(理念の継承と今後の発展を強調)。
- 全スタッフとの個別面談: 待遇維持方針の明示、現状の課題や懸念点のヒアリング。
- 保護者向け案内: 運営体制変更の通知(授業方針や担当講師が変わらないことを強調し安心感を醸成)。
- 緊急度の高い管理権限の移行: 銀行口座、入退室管理システム、各種Webアカウント等の権限引き継ぎ。
Phase 2: Day 31 〜 Day 60(現状把握&システム可視化)
2ヶ月目
実際の業務フローや数値管理の状況を可視化し、本部(買収側)の管理手法へ無理なく寄せていく準備期間です。
- 生徒・売上データの整理: 校舎ごとのLTV、退会率、講習売上比率などの詳細分析。
- 業務オペレーションの棚卸し: 面談フロー、保護者連絡ツール、授業報告書の作成手順などの標準化状況チェック。
- 財務・労務の適正化: 勤怠管理、残業運用の見直し、コマ繰り(シフト組)プロセスの確認。
- 講師評価制度のすり合わせ: 昇給基準やコマ手当の仕組みの差分抽出。
Phase 3: Day 61 〜 Day 100(シナジー創出&制度統合)
3ヶ月目〜
短期的改善を実行し、買収によるポジティブな変化を現場に実感させます。
- 販促・マーケティングの強化: WEBマーケティング(SEO/MEO/Web広告)の共通化、問い合わせ対応のスピード化。
- 教材・カリキュラムの最適化: 必要に応じた自社教材やAI教材の導入、単価アップ施策の準備。
- 定期テスト・受験対策の統合: ノウハウの共有と校舎間での情報連携。
- 新評価制度・運用の本格始動: 業務負担を軽減するITツール(保護者アプリ等)の導入。
領域別PMIの重要チェックポイント
PMIを円滑に進めるためには、4つの主要領域(人事・運営・集客・財務)において具体的に取り組むべきタスクを整理しておくことが不可欠です。
| 領域 | 主なPMIタスク | 注意点・成功のコツ |
| 人事・労務 | ・講師/スタッフとの再契約・雇用条件確認 ・コマ手当・事務給などの賃金形態の統一 ・校舎長・教室長との信頼関係構築 | 待遇悪化と感じさせない設計が必須。特にエース講師や教室長の離職は生徒の連鎖退会を招くため、個別のケアを徹底する。 |
| 運営・教務 | ・保護者連絡システム/入退室管理の統合 ・授業カルテ/指導報告書の統一 ・面談ノウハウや受験情報の共有 | 従来の指導方針を突然全否定しない。まずは現場のやり方を尊重しつつ、業務効率化につながるツールから順次導入する。 |
| 集客・マーケ | ・Webサイト/Googleビジネスプロフィールの統合 ・チラシ/Web広告の運用一元化 ・問合せ〜体験授業までのレスポンス高速化 | 統合によって得た資金力を活かし、Web集客を強化。成果(問い合わせ増加)を早く見せることで現場の士気が高まる。 |
| 財務・管理 | ・月謝回収システム/口座振替の移行 ・月次決算フローのスピードアップ ・季節講習・各種テストの価格体系整理 | 保護者への請求トラブルは致命的。決済システムの変更時は複数回の事前告知と丁寧な問い合わせ対応枠を用意する。 |
学習塾PMIで失敗しないための3つの黄金鉄則
- 「教務」ではなく「管理・集客」から手をつける
現場の講師が最もプライドを持っているのは「教務(指導内容)」です。最初から授業内容や教材に口を出すと強い反発を生みます。まずは「集客の仕組み化」や「事務作業のIT化(保護者連絡アプリ導入など)」による負担軽減から着手するのが鉄則です。 - 季節講習の前後は「大変革」を避ける
夏期講習や冬期講習、新年度(3〜4月)は塾業界の繁忙期であり、売上の要です。この時期にシステム変更や人事異動を大きく重ねると、現場が混乱し、生徒指導や講習提案の質が下がって退会リスクが高まります。 - 保護者へのアナウンスは「変えないこと」を先に伝える
運営会社が変わる案内を出す際、「担当講師は変わりません」「通塾曜日や時間は維持されます」という不変の要素を明確に記載することで、保護者の退会不安を未然に防ぐことができます。
(これはとても重要なことです。変化することをアピールするのではなく、変化がないことをアピールするように徹してみてください。新オーナーが自分のカラーを出していくのは、急激にではなく、徐々にです)

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