M&Aにおけるデューデリジェンス基礎について
M&Aにおけるデューデリジェンスの基礎知識:成功の鍵を握る徹底的な企業調査

M&A(Mergers and Acquisitions)は、企業の成長戦略として非常に有効な手段です。しかし、成功を収めるためには、対象となる企業を深く理解することが不可欠です。そのための重要なプロセスが、デューデリジェンス(Due Diligence、以下DD)です。
DDは直訳すると「当然払うべき注意」を意味し、M&Aにおいては買収対象企業の価値やリスクを詳細に調査するプロセスを指します。その範囲は、財務・事業・法務が代表格ですが、実際は、人材管理の面や環境面など多岐に及びます。
要は、仕事を取り巻く「全て」に対しての監査という捉え方でもいいでしょう。
本記事では、M&AにおけるDDの基本的な位置付けから、実務で押さえるべきポイント、DDが抱える「落とし穴」、そしてDDがM&A後の成功にいかに貢献するかについて、網羅的に解説します。
1. デューデリジェンスの位置付けと目的
DDは、M&Aのプロセス全体において、買い手企業とアドバイザーそれぞれにとって異なる重要な役割を担います。
買い手企業にとってのDD
買い手企業にとって、DDは買収の意思決定を補助するための重要な情報収集プロセスです。DDの主な目的は以下の3つに集約されます。
- リスクの特定と最小化: M&Aは、買い手が知り得ない潜在的なリスクを抱えている可能性があります。DDでは、財務状況の不正、簿外債務、訴訟リスク、知的財産権の問題、労働環境の課題などを徹底的に洗い出します。これにより、買収後に発生しうるリスクを事前に把握し、対策を講じることができます。
- 買収価格の妥当性の検証: 買収交渉の初期段階で提示された企業評価額は、DDを通じて修正されることが一般的です。DDで明らかになった財務上の問題点やリスクを反映させることで、より現実的で公正な買収価格を再評価するための根拠とします。DDは単に評価を行うものではなく、既に合意した評価額が妥当かどうかを検証し、必要に応じて修正するためのプロセスなのです。
- PMI(買収後の統合プロセス)の準備: DDは、買収の意思決定のためだけでなく、M&A後の事業統合を円滑に進めるための重要なステップでもあります。対象企業の強みや弱み、組織文化、主要な従業員のスキル、業務プロセスなどをDDで詳細に把握することで、買収後の具体的な経営戦略やアクションプラン(PMIプラン)を事前に立案できます。DDを通じて得られる情報は、M&Aを「成功」に導くための大きなヒントとなるのです。
ここでPMIと言う言葉が出てきましたので、一度その内容について触れて参ります。
M&AにおけるPMIプランとは?
PMIは「Post Merger Integration」の略称です。日本語では「経営統合」と訳されます。PMIとは、買収した企業と買収された企業が、一つになって新しい価値を生み出すためのプロセス全体を指します。
PMIを成功させるためのポイント
PMIを成功させるためには、M&Aの契約前から統合計画の検討を始めることが重要です。
買収側と被買収側の代表者が早い段階から協力し、お互いの強みや弱みを理解することで、より実現性の高いプランが作成できます。
また、PMIは一部の経営陣だけで進めるものではなく、従業員一人ひとりが当事者意識を持つことが大切です。定期的な説明会や面談を通じて、統合の目的や進捗状況を丁寧に伝え、不安を取り除きながら統合を進めることが成功の鍵となります。
学習塾や習いごと教室における具体的PMIについて
学習塾や習いごと教室のM&AにおけるPMIは、特に顧客と講師の引き継ぎが鍵となります。
1.ブランドの統合と生徒・保護者への説明 M&A後、新しいブランドに統一するのか、それとも元のブランドをしばらく残すのかを慎重に検討します。生徒や保護者に対しては、「〇〇塾と△△塾が一緒になることで、より質の高い教育を提供できます」といった、メリットを明確に伝えることが重要です。講師が変わる場合も、新しい講師の強みや指導方針を丁寧に説明し、不安を取り除くためのコミュニケーションを欠かさないようにします。
2.カリキュラム・指導法の統合 それぞれの塾の強みであるカリキュラムや指導法をどう統合するかが重要です。例えば、片方の塾が個別指導に強みがあり、もう一方が集団指導に強みがある場合、両方の良さを活かした新しいコースを開発するなどが考えられます。指導法や教材を統一することで、教育の質を標準化し、シナジーを創出します。
3.講師・社員の統合 講師は企業の「顔」であり、生徒や保護者との信頼関係の要です。M&Aによって待遇や評価制度が変わる場合、講師のモチベーション低下や離職につながるリスクがあります。新しい人事制度や給与体系を丁寧に説明し、納得感を得ることが大切です。また、これまでの指導経験やノウハウを共有する研修を実施することで、全体の指導レベルを向上させます。
4.教室運営・集客戦略の統合 教室運営システムや集客手法の統合も重要なポイントです。生徒の入退室管理システムや月謝の徴収方法、ウェブサイトやSNSを活用した集客ノウハウを共有し、効率的な運営体制を構築します。特に、被買収側の持つ地域密着型の集客ノウハウは、買収側にとって大きな価値となることがあります。
このように、学習塾のPMIでは、ブランドの統一、カリキュラムの統合、そして何より生徒と講師への配慮を最優先で進めることが成功の鍵となります。
PMIにつきましては、
学習塾・習いごと教室のM&A成功の鍵はPMIにあり!クロスM&Aが提供する「安心の譲渡」とは?というタイトルで記事がございますので、是非ご参考にされてください。
では、またDDの話に戻ります。
買い手と売り手、アドバイザーにとって重要なDD
M&Aアドバイザーにとって、DDはクライアントである買い手企業を守るだけでなく、自らの責任を果たすためにも非常に重要であるという認識を持っています。
- 適切な助言の提供: DDを通じて得られた客観的な情報に基づいて、買い手企業に対して適切な助言を行います。これにより、感情的になりがちなM&Aの意思決定を冷静に判断する材料を提供し、不当な買収を避けることができます。
- 交渉の円滑化: DDで明らかになった情報を元に、売り手企業との交渉を進めることができます。例えば、簿外債務が発覚した場合、それを根拠に価格交渉や契約条件の見直しを提案するなど、論理的な交渉材料として活用できます。DDを通じて買い手企業の懸念事項を解消することで、M&Aの成約率を高める効果も期待できます。
DDは、通常買い手のために実施するように思われますが、実は売り手を守る意味でも重要なのです。DDをやるまで、売り手オーナーも把握していなかった、または忘れてしまっていた事実が発覚することで、出てきた材料を冷静に見つめ直すことができますし、DDがきちんと実施されたほうが、例えそこにマイナス材料が出たとしても、M&A成約という観点では、かえってそのほうが双方にとってプラスになります。
2. デューデリジェンスの種類と活用のポイント
DDは、調査対象の領域によって様々な種類に分けられます。一般的なDDの種類と、それぞれの活用のポイントを見ていきましょう。
財務デューデリジェンス(FDD)
財務DDは、対象企業の財務状況を詳細に分析する最も基本的なDDです。損益計算書(PL)、貸借対照表(BS)、キャッシュフロー計算書(CF)などの財務諸表を精査し、以下のような項目をチェックします。
- 収益性の実態把握: 表面上の売上や利益だけでなく、一時的な収益や非経常的な費用を除いた、事業本来の収益力(実態収益力)を把握します。
- 簿外債務の有無: 貸借対照表に計上されていない潜在的な債務(未払い残業代、退職給付引当金不足額、環境汚染対策費用など)がないかを確認します。
- 運転資本の分析: 売掛金や棚卸資産の状況を分析し、キャッシュフローに影響を与える要因を特定します。
活用のポイント: 財務DDは、買収価格の修正や契約条件の調整に直結する重要な情報源となります。特に、中小企業のM&Aでは、会計処理が厳密でないケースも少なくないため、専門家による詳細な調査が不可欠です。
ビジネスデューデリジェンス(BDD)
ビジネスDDは、対象企業の事業内容や市場環境、競争優位性などを分析し、将来的な成長性や事業の持続可能性を評価します。
- 事業モデルの理解: どこから何を仕入れ、誰に何を販売しているのか、どのようなサービスを提供しているのかなど、事業の全体像を深く理解します。
- 市場・競合分析: 市場の成長性、競合企業の動向、対象企業の市場におけるポジションなどを分析します。
- 顧客・サプライヤー調査: 主要な顧客や仕入先との関係性を調査し、事業の安定性を評価します。
活用のポイント: ビジネスDDは、M&A後の事業戦略やPMIプランを立案する上で非常に重要です。M&Aの目的がシナジー効果の創出にある場合、ビジネスDDを通じてその可能性を具体的に探ることができます。
法務デューデリジェンス(LDD)
法務DDは、対象企業の法的リスクを調査します。
- 契約関係のチェック: 主要な取引契約、不動産賃貸借契約、雇用契約などの法的有効性や潜在的なリスクをチェックします。
- 知的財産権の確認: 特許、商標、著作権などが適切に保護されているか、他者の知的財産権を侵害していないかを確認します。
- 訴訟・紛争リスクの有無: 現在進行中の訴訟や過去の紛争の有無を調査します。
活用のポイント: 法務DDは、買収後に多額の損害賠償責任が発生するような重大な法的リスクを特定するために不可欠です。
その他のデューデリジェンス
上記以外にも、対象企業の事業内容やリスクに応じて、以下のようなDDが実施されることがあります。
- 労務DD: 雇用契約、就業規則、未払い残業代、社会保険の加入状況などを調査します。
- IT・システムDD: 既存のITシステムやインフラの状況、セキュリティ体制などを調査します。
- 環境DD: 環境汚染リスクや廃棄物処理の状況などを調査します。
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【実例(実話)】
学習塾・習いごとにおけるDDの実際は、多くが事業譲渡であるため、以下のポイントがあります。
①売上高とコスト
②授業料や講習金額
③生徒数
④問合せ状況
⑤現存の生徒と今後状況の予測
⑥現存の講師と今後状況の予測
⑦物件契約について
⑧フランチャイズ契約であれば、その契約について
⑨負の情報として訴訟などの有無
大方、このような形です。
CROSS M&Aでは、M&A業界初の学習塾モデルルームを開放していますので、買い手さんが実際の譲渡案件の教室などを見る「前の段階」で教室運営はこのように実施されるというリアルな実態を見ることができますので、イメージがしやすくなります。
3. デューデリジェンスにおける「落とし穴」と注意点
DDは完璧な調査ではありません。すべてを明らかにするのは難しく、いくつかの「落とし穴」が存在します。アドバイザーは、これらの落とし穴を理解し、買い手企業に注意を促す必要がありますし、知っていながら知らせないのは、信義にもとる行為になってしまいます。
しかしながら、上述のとおり、負の材料があったとしてもそれをしっかりと誠意をもって伝えていくことが重要です。
1. 売り手からの情報開示に依存している
DDのプロセスは、基本的に売り手企業から提供された資料に基づいて進められます。そのため、売り手が意図的に不都合な情報を隠していた場合、DDでは発見できない可能性があります。例えば、従業員にパワハラを行っていた社長が、その事実を伏せてM&Aを進めた場合、DDでは表面化しにくいでしょう。
2. サンプリング調査には限界がある
DDでは、すべての書類や取引を一つひとつ確認することは現実的ではありません。多くの場合、一定の基準に基づいてサンプリング調査が行われます。そのため、サンプリングから漏れたところに重大な問題が潜んでいる可能性があります。
3. 将来のリスクは予測できない
DDは過去から現在に至るまでの企業の状況を調査するものです。将来発生する可能性のあるリスク(市場の変化、技術革新、新たな競合の出現など)を完全に予測することはできません。
4. 事業譲渡でもDDは必要
「事業譲渡だから、負債は引き継がないのでDDは不要」と考える方もいますが、これは誤りです。事業譲渡でも、引き継ぐ資産の価値や、引き継ぐ事業に付随する潜在的なリスク(未払いの賃金、賠償責任など)を特定するために、DDは必要不可欠です。安易な判断は、予期せぬトラブルに繋がる可能性があります。
4. デューデリジェンスはM&Aを成功に導くための下準備
DDは、単にリスクを洗い出すだけのプロセスではありません。M&Aを成功に導くための「下準備」として積極的に活用すべきです。
例えば、ある美容室のM&A事例を考えてみましょう。 DDで財務状況を分析した結果、売上は安定しているものの、広告宣伝費が他店舗と比較して極端に低いことが判明しました。さらに、ビジネスDDで売り手の社長にインタビューしたところ、過去に集客媒体を利用していたものの、効果が薄いと感じて現在は利用していないことがわかりました。
この情報をPMIプランに活かすことで、買収後の成功率を高めることができます。 買い手企業は、「まずは広告媒体を再開し、集客力を高めよう。そして、DDで判明した店舗の空きスペースにドレッサーを増設し、増えたお客様に対応できるようにしよう」という具体的なアクションプランを立案できます。この計画に基づき買収を実行した結果、収益が向上し、さらなる店舗拡大に繋がったという事例もあります。
DDは、リスクの最小化だけでなく、M&Aの成功確率を高めるための戦略策定ツールでもあるのです。
もっと言えば、DDの実施をしっかりと行うことで、今までの経営のどこに欠点があって、修正すべき点があるのかが浮き彫りになってくることが多いです。
売り手の経営者も「わかってはいたけれどなかなか着手ができなかった・・・」ということもあるのです。
それを一度、全部さらけ出すことで、見えてくる成功の糸口が買い手にとっても最高のヒントにつながり、より買収意欲が増すのではないでしょうか。
まとめ
デューデリジェンスは、M&Aにおいて買い手企業が抱える不確実性を最大限に減らし、成功の確率を高めるために不可欠なプロセスです。単にリスクを洗い出すだけでなく、買収価格の妥当性を検証し、M&A後の統合プロセス(PMI)の具体的な計画を立てるための重要な情報源となります。
しかし、DDは完璧な調査ではなく、常に「落とし穴」が潜んでいることを理解しておく必要があります。売り手からの情報に依存しすぎず、サンプリング調査の限界を認識し、専門家と連携しながら慎重に進めることが重要です。
M&Aアドバイザーは、DDを「クライアントを守る盾」として活用し、得られた情報を元に、買い手企業がM&Aを成功に導くための具体的な助言を行うことが求められます。DDを通じて、買い手企業にM&Aの本当の価値を実感してもらうことが、M&Aアドバイザーとしての真価を発揮する鍵と言えるでしょう。

学習塾・習いごと専門M&AサービスCROSS M&A(通称:クロスマ)は、業界ナンバー1の成約数を誇るBATONZの専門アドバイザーです。BATONZの私の詳細プロフィールはこちらからご確認ください。
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